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Archive for the ‘nomadic lifestyle’ Category

やっぱりインターネットビジネスの中心はアメリカか。

May 17, 2010 Leave a comment

最近、この先の人生どうしようかなと悩みつつmonsterやcraiglistの求人を眺めたりして、アメリカではインターネットビジネスの数も規模も違う事を改めて感じた。

そもそも世の中のありとあらゆるビジネスが部分的にせよインターネットサービス化しつつあり、その変革を担うベンチャーを支えるVCのお陰で、他国にはない規模のインターネット業界がある。

求人カテゴリに「インターネット」がない

自分が確認した範囲では、日本、イギリス、オーストラリア、NZの求人サイトに「インターネット」というカテゴリはなく、だいたいが「IT」に含められている。

ITと言っても、コストセンター的業務システムと事業そのものを司るインターネットサービスまたはソフトウェア開発では末端の技術を共有するとはいえ、かなりの違いがある。

プログラマーの社会ステータスに思う”にも書いたがプログラマの地位が低い日本ではソフトウェア開発におけるクリエイティビティ自体重んじられていない感さえもする。

アメリカのインターネットサービスのプロダクトマネージメントやビジネスデベロップメント職で求められる学歴はComputer Scienceまたは関連分野学科卒+MBAと書かれていることが少なくない。実際、以前仕事でお世話になったマイクロソフトのプロダクトマネージャもMBAホールダーだった。

アメリカではMBA取得者が溢れていることもあるとは思うが、CS+MBAという経歴で製品・サービス開発の現場リーダーになる姿は日本ではあまり見ない。日本のIT系現場がチャレンジングなモノづくりの達成感を感じられるような所でない場合が多いことも一つの理由なのだろうか。

別に日本の批判をしたいわけではないが、自分にとって楽しい仕事をするためにはどのような環境が求められるかと考えたとき、アメリカには参加してみたいビジネスがたくさんあるのに対し、日本にはあまりない。

さて、今日もがんばっていこう。

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世界における日本人としてのメリット?

December 5, 2009 2 comments

グローバルノマドライフの確立を目指し、日本人としてのメリットをときどき考える。

日本国内において日本人としてのメリットはいろいろある。一応まだGDP2位の大国であり、安全かつ社会インフラも充実している。歴史、文化など誇るべきものは豊富だし、日本でしか楽しめないものは多い。

日本以外の国で生活すると、滞在国においてその国民としての権利はない。当然だけれど日本語も通じなければ日本文化を楽しむ機会も非常に少ない。

ニュージーランドは英国からの移民が中心になって作り上げられた国であり、英国連邦の一員でもある。この英国連邦という概念、英国連邦国に住むまでピンとこなかったのだけど、なかなかすごい。

オーストラリア人のご主人を持ち、シンガポールから英国に近々移住される世界級ライフスタイルのつくり方のLa Dolce Vitaさんはご主人が英国からの移民ということで、UK Ancestry Visaという英国移民(祖父母が英国パスポート保持者)に適用されるビザを取得され、英国連邦のメリットをブログエントリー「大英帝国の末裔ビザ」に書かれている。

英国連邦国は大英帝国から独立後も輸入関税の免除の優遇や、労働ビザの相互優遇発給がある。そのため、英国に数年間出稼ぎに行くニュージーランド人はとても多い。また、法律もニュージーランドなど英国のコモンローをベースにしている国では英国の弁護士資格や会計士資格がほぼそのまま使えると以前話した弁護士さんが言っていた。

日本のパスポートは確かにビザなし訪問できる国は多いけれども、それ以上のメリットはあまりない。

日本語はもちろん、日本の資格が海外で受け入れられるケースは武道の有段者意外に聞いたことがない(笑)。

有名企業での職歴を持っていても、日本では企業文化がかなり違うためか、海外ではそれほど認められず、「ただの人」になってしまうケースが多いのではないだろうか。

グローバル化が進み、グローバルに活躍できる日本人のネットワークが幅広く構築されてゆくと、その国の経済&文化圏が広がり、グローバル社会での日本人としてのメリットが増すのだろう。

そう考えると、次なるパワフルグローバルネットワークは華僑、印僑なのか。

我々もがんばりましょう!

Categories: New Zealand, nomadic lifestyle Tags:

疎結合な人的ネットワーク

November 17, 2009 Leave a comment

フリーランスで生きて行くにはネットワークが命。逆に言うとしっかりとしたネットワークがあればなんとかなる。ソーシャルネットの普及と進化が進み、LinkedIn、Twitter、Skype等のコミュニケーションによってネットワークの維持がしやすくなり、ノマドライフがより身近になった。

一度どこかで会った人もLinkedInで繋がれば何かあったときにも声をかけやすいし、友達の友達くらいだと信頼度も高い。

ちょうど、ブログ「世界級ライフスタイルの作り方」に「薄い付き合い(weak tie)の威力」というエントリーがアップされていた。週末にBBQパーティに行ったときに、知人の女性の方がロンドンでの都市計画の仕事を探していることを話していたところ、ちょうどその会話に参加していた別の人がロンドンで以前都市計画の仕事をしており、前職の会社の社長と英国都市計画協会会長を紹介するよという話になり、知人の就職活動が一気に進みびっくりしたそうだ。

日本だとこういう出会いが大きなチャンスに変わる可能性は比較的小さいような気がする。安全主義だからだろうか。人を助けよう、協力してあげようという気持ちを持っている人が日本に少ないとは思わない。ただ、人の紹介を受けてくれる人というのはある程度責任を持てる人、または紹介を受けるべきかどうか判断できるひとである必要がある。しかし、日本の場合は権限と責任をもって動ける会社員が少ないこともあり、出会いや薄い繋がりがチャンスに変わりにくい。

そう考えると、権限と責任を持って動いている人たち同士のネットワークというのはその繋がりのなかでチャンスが発生する可能性が大きいため、価値が大きい。

結局、独立してプロとして成功するにはこのバリューネットワークの一員になるかというのがとても重要となる。

LinkedInのようなプロフェッショナルネットワークが活性化する為にはスキルが分かりやすいスペシャリスト多く必要で、「一般サラリーマン」が多い日本には向かないのかもしれない。実際LinkedInは日本ではほとんど流行らず。日本で流行っていない理由は他にもいろいろあるかもしれないが、薄い繋がりが広がる仕組みがないとチャンスも広がりにくいので悩ましい。

日本はGDP世界第二位(今のところ)の経済を持ち、なんだかんだ言っても1億2千万人の市場は大きい。その割りに、海外における「日本人」としての優位性がほとんどないのは、薄い繋がり:疎結合ネットワークの広がりの問題もあるのだろうか。

Categories: nomadic lifestyle

人生計画とサンクコスト

November 5, 2009 Leave a comment

八ツ場ダム建設中止議論の中でサンクコストという言葉が時々出てくる。

サンクコストとは既に使ってしまった埋没費用のことであり、「こんなにお金を使ってしまったのだから」と、過去の回収不可能費用にとらわれず、今後の費用対効果を見て正しい判断を下すべきという話の流れて使われる。

先日、教育におけるリスクテイキングの重要性に気づかされたことをきっかけに、自分にもあてはめてみると、生き方に保険ばかりかけているような気がしてきた。

人間どうしても日々の積み重ねの延長線上に物事を考えてしまい、自分が積み上げてきた流れから抜け出せなくなってしまう。

人生の判断も、現時点での追加費用/効果で判断しなければならないのに、長い間継続してきたことは価値があると固定観念化(または美化)してしまい、その継続を断ち新たなことにチャレンジするリスクには「過去の継続」というサンクコストも上乗せされ、チャレンジに見合う報酬が得られないということになってしまう。

継続は大切だけれど、捨てるべきものはきちんと捨てる勇気を持つことを再認識する今日この頃。

格差とインターネット

October 12, 2009 Leave a comment

インターネットは格差を広げることに大きく貢献したという。この意見には自分も同感だ。

インターネットとその周辺技術によって「どこでやっても結果は同じ」業務が増えた。ましてや時差をうまく利用した海外アウトソーシング事業も少なくなく、米国からの医療検査データをオーストラリアで米国が夜のうちに解析を行い翌朝までに返すというサービスがあるらしい。

先日、実家のパソコンが壊れたというのでデルのホームページでライブチャットであるモデルの事を聞いてみた。対応してくれた人の名前から日本人ではないことは想像ができたのだけど、チャットの対応での日本語は全く違和感なくレベルが高い。最後にどこの人か聞いてみたら韓国系中国人だということだった。場所は大連だろうか。

日本では言葉と文化の砦で守られていた仕事もどんどん海外に移動し始めているのかもしれない。確かデルはカスタマーサポートを大連に持って行って対応のクオリティが悪く、一度失敗しているような気がするけれど、ライブチャットで復活したのだろうか。

実は自分が以前所属していたゲーム開発会社でもオンラインゲーム内のサポートスタッフ要員として日本語がある程度話せる中国人をトレーニングしていたが、ユーザー対応をするだけの日本語の文章力を持つチームを育てるのはかなり難しかった。

日本ではオフショア開発はなかなか伸びなかった。一つの原因は日本はそもそも外注を使うのが下手というか、発注側できちんとプロジェクト管理する人がいない事が多く、要件もうまくまとまらず曖昧に進めるのが常なので開発担当とかなり密なコミュニケーションをとれないオフショアプロジェクトは橋渡しとなるインドからのブリッジエンジニアを日本に置いてもうまくいった例をあまり聞かない。

ただ、こんな状態はいつまでも続く事はなく、何かのきっかけでどっと壊れて行く。

日本のSIerで海外での競争力を持つ会社はどう考えても少ない。ゲーム開発などクリエイティブな要素を必要とする分野を除いて、生き残って行けるのか疑問。

日本では格差が広がったというけれど、今後も格差の広がりは防ぎようはないのではないだろうか。

フリーランサーとして考えねばならないこと

October 10, 2009 Leave a comment

日本に帰りいろいろな方々とお話しして自分の今後とビジネス環境について考えた。

自分としては「個人レベルでのグローバルなマーケットでの競争力を身につける」ということを当面の目標にしている。

さて、グローバルレベルで競争力のあるプロフェッショナルをどうやって目指すのか。日本での経験を有効活用することを考えると、日本から一見さんのクライアントを増やすことを目指す事により、新しい世界が見えてくるような気がしてきた。

一見さんクライアントを増やすことを目指すのは、自分の「売り」をわかりやすくするという目的がある。以前仕事をご一緒させていただいたり、仕事をいただいた方々に依頼を請けることはとても重要だし、自分のスキルにフィットして期待値に見合う仕事をいただけるのでとても良いのだけれど、「グローバルな競争力」と考えたときに、大げさな言葉で言えばユニバーサルなわかりやすい価値が付加価値必要になる。

さて、自分としてはどうするか。もちろんインターネットを最大限に活用する事が前提。

テクノロジ系はプログラミング言語だったり扱った技術やプラットフォームで比較的スキルをわかりやすく表現できる部分もあるけれど、ある程度の人だったら、特定の技術など数週間あればある程度、数ヶ月あればかなりのレベルで習得でき、またそれで表現できるのは比較的一般的な(ある意味コモディティ的)要素で、実はそれはそれほど重要でないことも多い。

結局、人的ネットワークとその評価が重要ということになる。

とするとLinkedInのようなプロフェッショナルネットワークとネットワーク内の評価が鍵なのか。

日本のビジネス文化に相性の良いプロフェッショナル同士のつながりを支援する仕組みとはどういうものだろうか。東京であれば、様々なネットワーキングの集いがあるけれど、物理的距離に束縛されないネットワーク上で実現できるものもあるはず。

ネットワークでは人と人との疎結合ネットワークがあらゆる形で実現しつつあり、プライベートでも仕事でもネットワーキングの形が変わってきているので、インターネットのリソースを最大限活用するためには自分の表現方法、また情報発信方法も考えなければいけないとつくづく感じる今日この頃。

確かに「しがみつかない生き方」が必要かも

October 7, 2009 Leave a comment

先週は出張で日本に行っていた。数ヶ月前に日本に行ったときには「断る力」を始め勝間和代がずらっと平積みになっていた。今も勝間本は平積みではあるものの、勢いが落ちてきたような気もする。新刊の「目立つ力」も比較的地味な扱い。

その代わりというわけではないけれど、香山リカの「しがみつかない生き方」が人気なようだ。平凡な普通の幸せを感じられなくなり、満たされない人が増えている現代、プレッシャーに負けてがんばり過ぎない生き方を提唱する本。ふつうの幸せを手に入れる10ルールの10番目に「勝間和代を目指さない」とある。立ち読みしただけなんだけど、要は、自己啓発本を読みあさり頑張り過ぎてストレスになってしまう人が多いらしい。

本来努力をスタートする為には、自分が目指す根本の価値に気付き、その目標を目指す為に余計なものを排除するというのが基本なのだろうけど、「なにかしないと、このままではいけない」という焦りの中では「仕事術」だったり「勉強術」のような手法ばかりに目が行ってしまい、空回りしてしまうというのは自分でも経験がある。

自分の目指す価値と目標を決め、残りは捨て、他人の価値観に振り回されないというのは勝間和代の「断る力」でも主張されていることなのだけど、どうしても勝間本だと目指すべくは「成功」と思ってしまいがちなのだろう。

日本は平和で動きの少ない社会なので自分に与えられたものに感謝する機会が少ないからなのか、社会のプレッシャーが強いので社会(流行)が重んじる価値にしがみついてしまうのか、受験戦争で「減点主義」が身に付き、つねに満点の減点でしか考えられないのか、身の丈の生活を楽しむことを忘れている人が多いような気がする。

例えばニュージーランド、経済が小さいだけに、身の丈にあった幸せな生活を楽しもうとする人が多い。たいした大企業もない。経済がそこまで複雑ではないので、自然環境、食料、みんなが提供するサービスと自分の生活の因果関係がわかりやすい。香山さんの言う「物事の曖昧さ、ムダ、非効率を楽しむこと」をせずには生きていけない。いい加減なサービスを提供しても「人間だから間違うのはしょうがないじゃないか」と開き直ってくることはニュージーランドでは珍しくない。でも、生産性がものすごい低いかというとそうでもない。

日本も不適切な部分まで完璧主義の行き過ぎで身動きのとれない社会になっている部分があるような気がする。